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奈良地方裁判所 平成6年(行ク)4号 決定 1994年2月16日

奈良市東紀寺町三丁目二番五三号

申立人(原告)

奥田邦雄

右訴訟代理人弁護士

相良博美

北岡秀晃

奈良市登大路町八一番地

奈良合同庁舎

相手方(被告)

奈良税務署長

平居貞夫

右指定代理人

山口芳子

金政真人

前川典和

西川裕

戸田敏久

長谷川満

竹本寛

右当事者間の平成四年(行ウ)第七号所得税更正処分取消請求事件につき、原告から文書提出命令の申立てがあったので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件申立てをいずれも却下する。

理由

一  申立人(原告、以下、単に「原告」という)の文書提出の申立て及び意見は、別紙一及び二のとおりであり、相手方(被告、以下、単に「被告」という)の意見は、別紙三のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  文書の所持について

行政庁を被告とする訴訟において、行政官署に存在する文書の提出命令が申し立てられた場合、文書の所持者とは、当該文書の保管の責めに任じ、その閲覧の許否を決定する権限を有する行政庁をいうものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、被告が大阪国税局長あてに提出した「同業者調査表」(乙二の1)記載の各同業者(以下「本件各同業者」という)の昭和六一年分ないし昭和六三年分(以下「本件各係争年分」という)の各青色申告決算書(以下「本件各決算書」という)は、被告が保管の責めに任じ、その閲覧の許否を決定する権限を有する文書であって、被告の所持する文書といい得る。しかし、その余の東大阪、八尾、枚方、門真、宇治の各税務署長が大阪国税局長あてに提出した「同業者調査表」(乙二の4ないし8)に記載された各業者の本件各係争年分の各青色申告決算書は、いずれも、被告以外の各税務署長が保管の責めに任じ、その閲覧の許否決定権限を有する文書と解されるのであって、これらの文書につき、被告がこれらを保管し、その閲覧の許否を決定できる権限を有していると認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告は、本件各決算書を除き右乙二の4ないし8に記載された各同業者の青色申告決算書の所持者に当たらず、当該文書につき提出義務を負うものではない。

2  原告が提出を求める申告者等固有名詞を削除した青色申告決算書の写しの提出について

民事訴訟法三一二条ないし三一四条所定の文書提出命令制度は、特定の文書の原本が存在することを前提とし、これを所持する訴訟当事者又は第三者にその提出を命ずるものであるから、相手方において現存しない文書を作成した上、これを提出すべきことを命ずることはできない。

したがって、被告は、原告が提出を求める本件各決算書の写しにつき文書提出義務を負うものではない。

3  本件各決算書が引用文書に該当するか否かについて

弁論の全趣旨を総合すると、被告は本訴において推計課税の合理性を主張するため被告及び右1に記載した各税務署長が大阪国税局長あてに提出した各同業者調査表(以下「各調査表」という)を引用し、かつ、これを証拠として提出して推計課税の合理性を立証しようとしていることが認められる。したがって、各調査表が青色申告決算書と異なる文書であることは明らかである。

もっとも、各調査表中には、青色申告決算書の記載の一部を資料として使用して作成したことがうかがわれる部分がある。しかし、青色申告決算書には事柄の性質上、申告者の所得関係だけではなく、取引先関係について具体的に開示されているほか、世帯の構成等の申告者のプライバシーに係わる事項の記載もあるものであり、青色申告決算書と各調査表とは全く性質の異なる文書とみるほかない。また、被告は、後記4のとおり守秘義務の点からも本件各決算書を引用する意思のないことが明らかである。

したがって、本件各決算書が、民事訴訟法三一二条一号所定の引用文書に該当するということはできない。

4  守秘義務について

また、仮に被告が本件各決算書を引用していると解し得るとしても、民事訴訟法三一二条の定める文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき国法上の義務であり、基本的には証人義務、証言義務と同一の性格のものと解されるから、文書所持者にも同法二七二条及び二八一条一項一号等の規定が類推適用され、文書所持者に守秘義務のあるときは、右文書の提出義務を免れるというべきである。

青色申告決算書は、個人の秘密に属する所得金額、資産負債の内容等が記載された文書であって、税務署長は、所得税の調査に関し職務上知り得た右のような事項につき、国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条によって守秘義務を負う者であって、税務署長が訴訟当事者としてこのような文書を訴訟において引用したからといって、各納税者の秘密保持の利益が無視されてよいこととなるいわれはない。

したがって、被告は、本件各決算書につき文書提出義務を負うものではない。

三  結論

以上のとおり、原告の本件申立ては理由がないから、いずれもこれを却下することとする。

(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 井上哲男 裁判官 近田正晴)

別紙一

一 提出を求める文書の表示

乙第二号証の一で示されている業者A及び業者B、乙第二号証の四で示されている業者Aないし業者C、乙第二号証の五で示されている業者A、乙第二号証の六で示されている業者A者、乙第二号証の七で示されている業者A、乙第二号証の八で示されている業者A及びBの計一〇業者の各青色決算報告書

二 文書の所持者

被告

三 証すべき事実

被告は、本件推計の方法として同業者比率法を用い、そのための資料として奈良県、大阪府、京都府下の一〇業者をピックアップし、各業者の売上原価、売上原価の額、一般経費の額、算出所得金額を書証(乙第一号証、乙第二号証の一ないし八)として提出しているが、各業者の立地条件を明らかにする地代家賃、事業規模を明らかにする減価償却の内容、従業員給与等同業者性を認定すべき事項は一切明示されておらず、またその元となる各業者の青色決算報告書を提出していない。

従来国は、推計の合理性を主張・立証するに当たっては選択した業者の氏名等を伏せるなどして推計に用いた同業者の青色決算報告書写を提出していたのであり、それにより同業者性を判断することができ、推計の合理性の有無も検討することができた。

本件においては、一九九三年九月八日付原告準備書面で主張したように、被告が推計に用いた各業者の同業者性には大いに疑問がある。

したがって、同業者性の有無の判断、本件推計の合理性判断にとって各業者の青色決算報告書の提出は不可欠である。

よって、原告は、推計に用いられた一〇業者の売上原価、売上額、一般経費額、特別経費額等青色決算報告書に記載されている事実を立証し、もって、被告の同業者比率法による推計に合理性がないことを立証する。

四 文書提出義務原因

本件で提出を求める文書は、民訴法三一二条一号の文書に当たる。

別紙二

第一 提出を求める文書の表示を左記のとおり予備的に追加変更する。

(予備的に提出を求める文書の表示)

乙第二号証の一で示されている業者A及び業者B、乙第二号証の四で示されている業者Aないし業者C、乙第二号証の五で示されている業者A、乙第二号証の六で示されている業者A、乙第二号証の七で示されている業者A、乙第二号証の八で示されている業者A及び業者Bの各昭和六一年ないし昭和六三年分の所得税青色申告決算書写(申告者、税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地番、従業員の氏名等の固有名詞を削除したもの)

第二 被告の意見書に対する反論

原告は、一九九三年九月八日、文書提出命令の申立をなしたが、これに対し被告より平成五年一一月一〇日付意見書が提出された。しかし、同意見書は形式論議を展開するのみで合理性のない理由で却下を求めるものと言うほかない。以下、被告の主張に対し反論する。

一 被告の主張

被告は文書提出命令の申立に対し、理由がないとして、二つの理由を掲げている。一つは、「本件訴訟において本件文書の存在とその内容に言及して被告の主張を述べたこと」はなく、「被告が同業者調査表により青色決算報告書を提出している同業者の申告内容に基づく主張をしたとしても、これをもって、本件文書自体を引用したことにならない」との主張である。もう一つは、「本件文書には、納税者個人の秘密に属する事項の記載が存することは明確であり、右事項は、被告が国家公務員として職務上知り得た秘密にほかならないから、守秘義務を負う」と言うものである。しかし、いずれも理由も根拠がない。

なお、当初の申立においては、提出を求める文書の表示を「青色決算報告書」と記載したが、乙第一号証の記載にあわせ、「青色申告決算書」に統一する。

二 青色申告決算書が民訴法三一二条一号の引用文書に当たることは明白である。

1 民訴法三一二条一号にいう「引用シタル文書」の意義について、判例は次のように述べている。

<1> 大阪高裁昭和五四年三月一五日決定(判例タイムズ四八七号七三頁)

民訴法三一二条一号にいう当事者が訴訟において「引用シタル文書」には、当該訴訟において証拠として提出すべきものとして引用した文書のみならず、自己の主張を明白ならしめるとともに、その裏付となるべきものとして引用した文書も含まれる。

<2> 福岡高裁昭和五二年七月一二日決定(判例時報八六九号二四頁)

民訴法三一二条一号にいう「引用」とは、当事者が口頭弁論等において、自己の主張の助けとするため特にある文書の存在と内容とを明らかにすることを指し、また、引用文書の提出義務を当事者の一方に課するのは、それを所持する当事者がその文書の存在を積極的に主張して裁判所に自己の主張が真実であることの心証を一方的に形成させる危険を避けるためであり、それには当該文書を提出させて相手方の批判にさらすのが衡平であるという実質的考慮に基づくものである。

2 本件と同種事案の判例

さらに青色申告決算書についても、大阪地裁昭和六一年五月二八日決定(判例時報一、二〇九号一七頁)が「引用文書」と決定している外、左記の決定が存する。

<1> 浦和地裁昭和五四年一一月六日決定(訟務月報二六巻二号三二五頁)

課税処分取消訴訟において、税務署長が書証として提出した同業者調査表中にアルファベットで表示された納税者の所得税青色申告決算書は、証拠として引用した文書ではないが、その存在及び記載内容忠の重要部分が右書証によって明らかにされているから民訴法三一二条所定の文書に当たる。

<2> 大阪地裁昭和六一年五月二八日決定(判例時報一、二〇九号二二頁)

本件で原告が提出を求めている同業者二名の昭和五三年分ないし昭和五五年分の青色申告書添付の決算書一切が、民事訴訟法三一二条一号にいう「訴訟ニ於テ引用シタル文書」にあたるか否かについて検討するに、同条一号が、当事者が引用した文書につきその当事者に提出義務を課した趣旨は、当該文書を所持する当事者が、裁判所に対し、その文書自体を提出することなく、その存在及び内容を積極的に申し立てることにより、自己の主張が真実であるとの心証を一方的に形成させる危険を避け、当事者間の公平をはかって、その文書を開示し、相手方の批判にさらすべきであるという点にあると解されるから、同条号所定の「訴訟ニ於テ引用シタル文書」とは、当事者の一方が、訴訟において立証それ自体のためにする場合に限られず、その主張を明確にするために、文書の存在について、具体的、自発的に言及し、かつその存在・内容を積極的に引用した場合における当該文書を指すものと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、一件記録によれば本件訴訟は、被告が原告の昭和五三年分ないし昭和五五年分の所得税について更正処分をするに際し、原告の営むスナック兼喫茶業の所得金額を実額で把握しえないとして、原告が事業所を有する北税務署管内において青色申告をしている同業者二名を抽出したうえ、その原価率(売上原価の売上金額に対する割合)及び所得率並びに売上原価に対する酒類仕入金額の割合の各平均値から、原告の所得金額を算出したという事案であるところ、被告は、本訴において、右同業者二名の当該各年分売上金額、売上原価、一般経費の額、酒類仕入金額の数値を被告の昭和五九年一一月二一日付準備書面別表6-1ないし3、7に表示したうえ、右同業者の原価率、所得率等算定の基礎とした資料は、右同業者が北税務署長に提出した「青色申告決算書に記載している金額」であり、すべて正確なものである旨明確に主張し、かつ、前記のような基本的主張方針に対応する証拠として、「同業者調査表の提出について」と題する大阪国税局長作成の被告宛通達書及びそれに対する同じ表題の被告作成の大阪国税局長宛報告書を提出していることが認められ、右報告書(同業者調査表)に記載されている同業者二名の昭和五三年分ないし昭和五五年分の売上金額、売上原価、一般経費の額、酒類仕入金額は、本件青色申告決算書に記載された該当金額を移記して作成されたものであることが右通達書記載の報告書作成要領が「作成対象者の所得税青色申告決算書に基づき作成する。」とされているところから明らかである。これらの事実からすると、被告は、本件訴訟において、青色申告決算書それ自体を証拠として引用してはいないものの、本件青色申告決算書の存在について直接かつ具体的に言及し、かつその記載内容中の重要部分を明らかにしてその主張を構成し、右決算書の記載内容に依拠して立証の手段を講じているものといわざるを得ず、被告の右主張、立証は、被告がみずからの方針として選択し、積極的、自発的に行っているものであることは明らかである。

したがって、本件青色申告決算書は、民事訴訟法三一二条一号にいう「訴訟ニ於テ引用シタル文書」にあたるというべきである。

3 本件はまさに右判例の事案と同一の事案であり、本件においても被告は同業者調査表の提出を求め(乙第一号証)、同調査表を元にして推計課税を行なっているのである。

三 固有名詞を削除した写を提出することにより守秘義務違反は生じない。

守秘義務を理由とする被告の反論についても、前記二<2>の判例は次のように述べて税務署長の主張を排斥している。

民事訴訟法三一二条に定める文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務、証言義務と同一の性格のものと解されるから、文書所持者にも同法二七二条、二八一条一項一号等の規定が類推適用され、文書所持者に守秘義務のあるときは、右文書の提出義務を免れるというべきである。

本件青色申告決算書は、個人の秘密に属する所得金額、資産負債の内容等が記載された文書であって、税務署長は、所得税の審査に関し職務上知り得た右のような事項につき、国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条によって守秘義務を負うものであって、税務署長が訴訟当事者としてこのような文書を訴訟において引用したからといって各納税者の秘密保持の利益が無視されてよいことになるいわれはないから、税務署長は右秘匿部分について依然守秘義務を負っているものというべく、被告は、本件青色申告決算書の原本それ自体の提出義務を負うものではないというべきである。

しかしながら、本件青色申告決算書の記載部分中、申告者の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名等納税者の特定につながる固有名詞をすべて削除した写(本件で原告は、予備的にはこのような青色申告決算書写の提出を求めているものと解される。)については、それを提出することにより、納税者の営業、財産等に関する秘密を漏泄するおそれがあるとは考えられず、守秘義務違反の問題は生じないというべきである。

被告は、そのような写であっても、従業員・専従者の年齢、償却資産の内容等、あるいは申告書自体の筆跡から申告者の特定が可能になる場合があり、現に具体的訴訟事件において原告側が、その申告者を特定し得たことがあり、さらにその申告者とされた者がその事業内容等につき調査され、困惑するという弊害も生じたことがある旨主張するが、特段の事情のない限り、区域をある程度限ったとはいえ、なお相当多数に上ると思われる北税務署管内の同業者の中から、私人たる原告が右のような記載事項のみを手がかりに該当者を特定することが可能であるとは容易には考えられず、本件において被告主張のような事態が生ずるおそれがあることを窺わせる特段の事情の存在を認めるに足りる証拠もない。被告が訴訟において一個の文書の重要な一部を引用した以上は、その文書の内容全部を守秘義務に反しない限度で開示することが民事訴訟法三一二条一号の前示の立法趣旨に照し、当事者間の公平を図るために必要であるというべきであって、根拠に乏しい申告者の秘密漏泄を理由に文書提出義務を否定する被告の主張は採用し難い。

四 証拠としての必要性

1 本件青色申告決算書の提出は本件審理に不可欠である。

この点についても前記2<2>の判例は次のように判示している。

本件青色申告決算書(写)の証拠としての必要性の判断は、本案事件の審理と密接に関連し、受訴裁判所の裁量に属するものであるところ、被告のこの点に関する主張に照らし考えても、右文書が証拠としての必要性を欠くものということはできない。

むしろ、本件のような推計課税の合理性、これを担保とするために必要な同業者とされた者の業態、事業規模等の原告との類似性が争点となっている事案の審理にあたっては、被告がその重要な一部を引用している本件青色申告決算書に記載されている従業員数、経費の概要、月別売上金額の推移等が重要な意味を持つ場合も少なくないと考えられること、また推計の基礎となる同業者の所得金額等の正確性についても青色申告決算書が最も的確な証明資料であること等を考慮すると、その証拠としての必要性は高いというべきである。

2 本件においても重要な争点の一つは、まさに推計課税の合理性であり、同業者とされた者と原告との類似性である。業態等の類似性の立証なくして推計課税の合理性はおよそ判断し得ない。

この点で、本件と同様推計課税の合理性が争点となった大阪地裁昭和六〇年九月二六日判決の事件では、税務署長が同業者として選定抽出した業者が当事者と類似性がないことが青色申告決算書の記載から明らかとなり、税務署長がミスを認めて訂正したという経緯も存する。同業者調査表が如何に杜撰に、あるいは恣意的に作成されているかという一つの証左である。

よって、本申立は認容されるべきである。

別紙三

原告は、文書提出命令申立書の一に記載の青色決算報告書(以下「本件文書」という。)の提出命令を申し立てているが、本件申立ては、以下に述べるとおり理由がないから、速やかに却下されるべきである。

一 提出義務原因の不存在(民事訴訟法三一二条一号非該当)

民事訴訟法(以下「民訴法」という。)三一二条一号は、「当事者カ訴訟ニ於イテ引用シタル文書ヲ所持スルトキ」に文書提出義務を課しているが、本件文書は、同条同号の「訴訟ニ於イテ引用シタル文書」(引用文書)に該当しない。

すなわち、被告は、本件文書そのものを引用する意思は全くないものであり、本件訴訟において本件文書の存在とその内容に言及して被告の主張を述べたこともないのである。乙第二号証の一ないし八から明らかなように、被告の同業者に関する主張は、本件文書とは別個の文書としての同業者調査表に基づくものにすぎない。したがって、被告が同業者調査表により青色決算報告書を提出している同業者の申告内容に基づく主張をしたとしても、これをもって、本件文書自体を引用したことにならないことはいうまでもない(神戸地裁昭和六〇年四月一八日決定・判例タイムズ五五六号二二八ページ、大阪高裁昭和六〇年七月一日決定・判例タイムズ五六七号一七六ページ、大阪高裁昭和六三年一月二二日決定・判例タイムズ六七五号二〇五ページ)。

二 職務上の秘密(守秘義務)による提出義務の不存在

民訴法二七二条は、公務員を証人として職務上の秘密につき尋問するには監督官庁の承認が必要であると規定しているが、これは、右秘密を公表することによって国家利益又は公共の福祉に重大な損失、重大な不利益を及ぼすことになるところ、これを公表することの当否の判断は、その利害損失を最もよく知っている監督官庁にゆだねるのが最も合理的であるという趣旨によるものである。そして、民訴法三一二条に規定する文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務と同一の性格を有するものと解されるから、本件文書の所持者である被告については、その提出につき同法二七二条、二八一条一項一号を類推適用され、文書所持者にも守秘義務があるときは、当該文書の提出義務を免れ得ると判例学説上一般的に解されているのである(東京高裁昭和四四年一〇月一五日決定・判例時報五七三号二〇ページ、東京高裁昭和五二年七月一日決定・判例タイムズ三六〇号一五二ページ、浦和地裁昭和五四年一一月六日決定・訟務月報二六巻二号三二五ページ、東京高裁昭和六〇年二月二一日決定・判例時報一、一四九号一一九ページ、前掲大阪高裁決定、名古屋地裁昭和六三年一二月一二日決定・判例タイムズ六九三号二二六ページ、菊井=村松・全訂民事訴訟報Ⅱ六二一ページ)。

しかるに、本件文書には、納税者個人の秘密に属する事項の記載が存することは明白であり、右事項は、被告が国家公務員として職務上知り得た秘密にほかならないから、守秘義務を負うものと解さなければならない(国家公務員法一〇〇条、所得税法二四三条)。したがって、被告は、民訴法二七二条、二八一条一項一号の類推適用により、本件文書の提出を拒むことができると解すべきである(前掲大阪高裁決定)。もしも、被告ないし税務職員が特定の納税者の青色決算報告書を公表するなどという事態が生ずれば、申告納税制度あるいは税務行政の執行に重大な支障を及ぼすことは必至である。

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